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写真家の日常と表現

荒川のハクチョウ(8) 雪はどこ

夜明け前、腰痛を堪えながら、それでも心弾ませて玄関のドアを開け外を見た。

ん〜〜。思ったよりも積もっていない。

前夜積もり始めた雪は、夜半に雨となった模様。

庭の樹木や車の屋根には雪があるが、地面には全く残っていなかった。

それでも、ハクチョウの越冬地である荒川はもしかしてもっと積もっているかも知れないと、微かな期待を抱き、同行の約束をしていた友人で写真家仲間の大野広幸さんとともに越冬地を目指した。

ところが、だんだん荒川に近づくにつれ、雪は少なくなり、とうとう荒川沿いには全く無かった。

どうやら、平野部は初めから雨だったらしい。やはり僕の暮らす奥武蔵の方が山あいということか。

現地へいってみると、いつも数十羽単位でまとまっていたハクチョウたちは、平日ということもあり、誰からもエサを与えられないためか、かなり広範囲に散らばって採食していた。

大野さんと二人、あちこち荒川沿いを車で移動しながら、確認できたハクチョウの数は全部でおよそ70羽。おそらく全てコハクチョウだと思う。

今期の最高飛来数は100羽前後だったと思うので、すでに一部北を目指して渡りが開始されているのかも知れない。それともまだ未確認の場所に残り数十羽は留まっているのだろうか。

ハクチョウは少なかったが、代わりに様々な水辺の鳥たちに会うことができた。

今回はそんな水鳥たちを交えて紹介しよう。

僕らの姿を見つけ、エサ欲しさに近づいてきたコハクチョウ。曇天の為、かえって光が良く回り込み、ディティールが判りやすい。流れの穏やかな川面はまるで鏡のようだ。

片方の翼が折れているカルガモを見かけた。↑↓二羽で行動していたが、見た感じ若そうだし、周囲にも幾羽かまとまっていた感じからすると、ペアというより、昨春生まれた若鳥のような印象を受けた。

当然翼が折れている為、飛ぶことはできない。それでも泳ぎはまったく支障がないようで、他のカルガモと遜色なく水上を移動していた。さすが、水禽類だけのことはある。足ヒレは伊達じゃない。しかし、この先、飛ぶことのできないカルガモの未来は苦難や危険が無数にあるだろう。羽ばたいても片方の翼は力なく揺れ動くだけであった。ホオジロガモの群れもいた。カモの仲間は淡水ガモと海ガモに分けることができるのだが、ホオジロガモは海ガモに分類される。淡水ガモは水面で主に草や藻など植物質を採るが、海ガモ類は潜水が得意だ。水中に潜って、主に魚や甲殻類などを捕る。海ガモだからといって海だけに生息する訳ではなく、川や湖でも見ることができる。ちなみに前出のカルガモは淡水ガモだ。

海ガモに良く似た姿をしているが、これはカモでは無く、カイツブリだ。やはり潜水が得意で魚など動物質のものを食べる。

撮影している時は何気なく既成観念に囚われ、ユリカモメだと思いこんでいた。しかし、後でモニタで見たところ、何とセグロカモメだった。撮影地は東京湾から80キロメートルあまり川を遡る。こんな内陸部までやって来るのだと改めて認識した次第。とにかく既成観念に囚われない柔軟性が必要だと感じた。

主な越冬地から数キロメートル下流に6羽のコハクチョウファミリーを発見した。ここの場所では昨年まである個人が給餌していたとのことだが、今年は行政の介入があり、また心情の都合もあるとのことで給餌は行われていない。そのため、写真のファミリーは全くの自給生活ということになるのだろう。一見しただけで他のハクチョウたちより首周りも細く、全体にシャープだ。そして、警戒心が強く、僕らが少し近づいただけで一斉に飛び去ってしまった。

しかし、考えてみればこれが本来の野生の生き物の姿というものだ。

されど願わくば人間の姿を見て逃げるのでは無く、またエサを求めて近づいて来るのでもなく、全くの無害と感じ、完全に無視されることを望む。そう、高山で出合うライチョウのように。

とにもかくにも、本格的な春はすぐそこまでやってきている。

今年は渡り鳥たちの北帰行も早いことが予想されている。

今秋、再び多くのハクチョウたちが埼玉へやってきてくれることを願うばかりだ。

それにしても今日の取材はしんどかった。腰の傷みは半端ではない。いつものように通称サンニッパのレンズを手持ちで撮ることなどとてもできなかった。腰を屈めることもままならず、気持ちの良い撮影からはほど遠かった。

午後からは写真家仲間の集まりがあった。

再び降り出した雨の中、ようやく新宿までたどり着いた。

それでも実のある話しができたので幾分救われる。

来年を目標に、皆で写真展をやろうと盛り上がったのだった。

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