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atarashism@blog

写真家の日常と表現

緊急出動!

事務所で仕事中、けたたましいサイレンが鳴り響く。次々と集まる緊急車両に重い腰が動く。

現場は事務所から100mほどのマンションだ。幸い火災には至らず無事消火したという。瞬く間に10台以上は集まっただろう。消防署員には頭が下がる。数々の修羅場に遭遇し、時には自らが危険に晒されながら、他の命を守る。それは警察官も同じこと。他方、昨今のニュース報道から感じられるのは命の希薄さ。事件・事故に限らず、報道する側も受ける側も、ともすると慣れが先行し、感情が鈍くなってしまったのだろうか。生が希薄なように、死もまた希薄だ。人心から死に対するリアリティが欠如したのか。死が氾濫しているというのに、日常から死が見えにくくなっている。

 

近年、葬儀は専門業者が一切取り持つことが当たり前になっている。それには様々な事情があるだろう。しかし、これだけはどうしても腑に落ちない。それは、本来当事者であるべき、死者の親族までが、お客様(ゲスト)になりつつあるということだ。いったい誰の葬儀・告別なのか。さらには、そういった席上に幼児・子どもを立ち会わせない親が多いようにも見受ける。きちんと対面させ、立ち会わせることで、子どもは子どもなりに死という概念を認識するだろう。そこから生の尊さを学ぶこともできように。土葬から火葬になり、病院から斎場へ、まるでモノのような死者の扱い。今、死は近くて遠い概念なのかもしれない。

 
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