atarashism@blog

半農半業 菜園暮らしと写真家の日常

「高麗の臥竜松 こまのがりょうまつ(黒松)」埼玉県日高市 推定樹齢400年

 

f:id:atarashism:20190607000734j:plain

 

f:id:atarashism:20190607000809j:plain

 

f:id:atarashism:20190607000821j:plain

 

臥竜松とは、龍がまるで伏せているような姿に見えるところからその名がついた。
拙宅の主、守り神として庭の中央に鎮座している。 

 

推定400年の根拠は、

1899年(明治32年)生まれの祖母が18歳でこの家に嫁いできたときに
樹齢300年経っていると曽祖母から伝えられたことに由来する。
それからすでに100年の歳月が流れており、故に400年と推測している次第。

 

今ひとつ、拙宅の墓地に現存する最も古い墓石の元号も400年ほど前のもの。
当時、自宅のあたりには前の記事で紹介した聖天院の坊があったらしい。

 

その坊の名は梅仙坊(梅の仙人か・・・)

 

確かに暮石の戒名にも「梅」の文字が使われている。
ちなみに拙宅の屋号は「梅本」
この辺り、未だに屋号で呼び合う習慣が残っている。

 

僕の苗字『新(あたらし)は1300年あまり前、
この周辺に移り住んだ高句麗からの渡来人ゆかりの苗字と言われている。

 

何れにしても400年前の暮石の施主名にもしっかり新何某と刻印されている・・・

 

さて、推定樹齢400年といえば氏神である高麗神社境内のエドヒガンザクラ、
高麗家住宅脇のシダレザクラと同時期のものと言える。

 

この松、かれこれ20年余り、自分で手入れしている。
とは言っても愚図な者故、したりしなかったり・・・
おかげでだいぶ小枝を枯らしたりもしているのだが、
主幹はすこぶる元気にみえる。

 

実は今年も未だ芽かきをし損じている。
早くも6月。まぁなんとかなるだろう。

 

祖母は足掛け3世紀の生存を目前に2000年6月、
101歳の天寿を全うした。
最期までかくしゃくとした人だった。