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写真家の日常と表現

写真展「南の精霊たち」ギャラリーううふ・・・感謝・・・そして合掌

訳もなく涙に溢れたら、それはもうウツだよ・・・って言われた。

 

抗うつ剤のせいで、涙も出ないのか・・・って思ってたら、

 

写真をアップしながら・・・止めどもなく涙が溢れ・・・トマリマセン・・・

 

ギャラリーううふ・鶴ヶ島市所蔵オセアニア民俗造形美術品の高麗神社展示品写真展「南の精霊たち」成功裏に楽日を締めることができました。写真展を主催してくださいました、ポリトライブの皆様、ギャラリーううふの皆様に改めて感謝いたします。そして、わざわざ訪ねてくださった多くの皆様、ありがとうございました。

 

この企画は昨年8月に打診がありました。企画者は、中川晶一朗さん。ところが、肝心の中川さんが昨年10月、急逝されてしまい、企画そのものが振り出しに戻るかに思われましたが、しかし、中川さんが会長を務めていたポリトライブ〜オセアニア文化に親しむ会〜の皆さんの熱意、そしてもう一人の企画者ともいえる、ギャラリーううふのオーナー、川野さんの情熱により、何とか開催に漕ぎ着けることができました。

 

その間、肝心の僕が心身ともに疲れ切っていたことで、関係者のみなさんはさぞや気を揉まれたことでしょう。

 

ここで少し、中川さんのことに触れておきましょう。

中川さんは音楽家として蛇喜猫賀というユニットを主宰、土や風、祈りをテーマに多くの曲を手がけてきました。

また、年末の高麗神社で12年間行われていた、やまむすべという創作野神楽とも関係を深め、多くの成果を上げました。

更に、近年は鶴ヶ島市内の子どもたちに呼びかけ、おれらのリューダ祭、総合芸術監督として、たくさんの小中学生を引っ張って来ました。

その上にポリトライブを通し、パプアニューギニアとの文化交流、市所蔵の1.700体にも及ぶオセアニア民俗造形品の展示運用企画、学童保育の育成、などなど、僕の知らないことも含め、常に複数の企画・計画を推進しながら、たくさんの人々と交流し、そして多大な影響をそれぞれの場所に及ぼしていました。

 

大げさな言い方では無く、中川さんは、鶴ヶ島市、あるいは奥武蔵地方といったローカルを超えた、偉大な現代の頭脳であるとともに、人類が路頭に迷うことなく未来へ向かうための、道先案内人であったと思っています。

 

中川さんは志半ばで逝ってしまいました。まだまだたくさんの企画や夢を抱いていたことと思いますが、振り返るのはもう止めましょう。

残された僕たちは、彼の志を飲み込みながら、それぞれの立場に立って、自分にできる精一杯のことを行いながら、人生を歩んで行く他は無いのですから。

 

時が経つと共に中川さんの大きさが一層深く感じられてきます。

僕自身、これまでに彼の語ってくれた多くの言葉に心の耳を傾け、右往左往しながらも、できる限り、共に歩んできた道を一歩でも前に向かって行きたいと思っています。

 

今回の写真展を一番心待ちにしていたのは中川さんです。僕も彼に一番見て欲しかった。プリント制作中も、幾度彼の喜ぶ顔が目に浮かんだことでしょう。

きっと中川さんのことだから、会期中、会場の一角で僕たちをいつも見守っていてくれたに違いありません。

 

いまは、ただただ、中川さん、おつかれさま。そして、ありがとう。

 

中川晶一朗・蛇喜猫賀2003.10.5高麗神社公演コラージュ

*画像をクリックすると、大きくなります。ご自由にダウンロードして構いません。

(c)2009 TATSUYA ATARASHI

 

中川晶一朗・やまむすべ2000.8竹寺公演にて

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(c)2009 TATSUYA ATARASHI

 

中川晶一朗・蛇喜猫賀2003.10.5高麗神社公演+南の精霊像とのコラージュ

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(c)2009 TATSUYA ATARASHI

 

中川夫人より頂戴したお花。パプアニューギニアの色合いをイメージしたかのような色彩コントラストですね。この花をBlog上での中川さんへの献花とさせていただきます。

 

 


 

今、鶴ヶ島市では、中川さんが生涯をかけ愛し、畏れ、刺激と影響を受け続けた、「南の精霊象たち」・・・すなわち、パプアニューギニアを中心としたオセアニア民俗造形美術品を、市民に何の説明も無いまま市外のどこかの機関に放出してしまおうとしていると聞きます。鶴ヶ島市住民では無い僕が言うのもお門違いかも知れませんが、少なくとも市所蔵品ということは、市民全体の財産であります。

そうである以上、所蔵品の処遇を市民にしっかりと問わないままに執行上層部の思惑のみで勝手に事を運んでしまうなど、言語道断でありましょう。

先ずは情報を公開し、市民にしっかりと問いかけるべきです。そしてきちんとした話し合いの場を設けなければなりません。

 

生前、中川さんに聞いたことがありますが、所蔵品の中には、日本で言えば国宝級の作品も含まれているとのこと。いや、たとえ、国宝云々など言わなくとも、所蔵品の持つ真の神聖さと、それを作った人々のエネルギーが揺らぎのないものであることは、ぼんくらの僕でさえ直ぐに判ることです。

それは、まさに市云々といった小さなレベルではなく、本来人類全体の宝となるべきものでしょう。それが、縁あって鶴ヶ島市に1,700体あまりもあるというのですから、市政執行部はそのこと自体を誇りに思うべきでしょう。

 

元来、日本の行政は芸術・文化・・・とりわけ民俗レベルの文化を等閑にしてきたきらいがあります。たとえそれが自国のものであろうと無かろうと、異文化・異宗教のものであろうとも、畏敬と敬意もった対応を求めたいもの。

その思いがなければ、結局は自国のもの、地域特有のもの、いにしえの時代から受け継がれてきた、有形無形の文化、とりわけ精神文化と言った目に見えないものなど継承できるものではありません。

それは取りも直さず、民族の崩壊・・・言わば市(市政)の崩壊にも繋がるものであると知るべきです。

 

ところで鶴ヶ島市では、ある地域の里山復興と、継承支援を始めたそうです。それはそれでとても大切なこと。その一方で、異文化であるオセアニア民俗造形美術品に対する処遇はまったく相反するものでしょう。

むしろ地域の里山復興とオセアニア民俗造形美術品の保全を同軸上に捉える視点がなければ、ほんとうの里山復興などできはしないでしょう。

それこそは、今回の展示写真の撮影場所・・・高麗神社・高麗家住宅と、そこに展示されたオセアニア民俗造形美術品との全く違和感のない融合が明らかに証明しています。僕の写真は、それを伝えたかった。そして中川さんもそのことを写真から再確認したかったのだと思います。

 

果たして市行政に携わる方々で今回の展示をご覧になった方はいらっしゃいますか。まずは、見て欲しかった。それが心残りで残念でなりません。

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